データ分析とインテリジェンス

相手も自分と同じ価値観であると決めつけてはいけない・・・『大本営参謀の情報戦記』に学ぶデータ分析(7)

■相手も自分と同じ価値観であると決めつけてはいけない

(前略)米国の雑誌には、四、五十人の米海軍水兵が、軍艦の主砲の上に跨って笑っている記念写真が載っていた。
「まあ、米国の軍隊とはこんなところだ」
日本では、大砲にも小銃にも菊の御紋が付いている。それに跨って写真を撮ることなど日本人には考えられないことであり、日本人の目で見れば由々しい軍規弛緩の証拠であるというわけだ。
しかしアメリカに日本の物差しは使えないことは言うまでもない。
だから「形だけを見てはいけない」土肥原将軍はそう戒めていたのだ。

自分がそうだから相手もそうであると勝手に決めつけることがいかに危険であるかを良く表している。自分には必要ないからこの商品は売れないとか、自分には簡単すぎるから誰でもできるだろうとか、日常でもよくある話である。そして、データ分析を今まで使って来なかった人にとってはデータ分析など必要ないと考えているだろう。

つまり、自分の物差しだけで見るのではなく、全体としてはどうであるのかを常に考えなければいけない。ということは、自分はデータ分析が重要だと思っているが、本当は違うのかもしれないという視点も必要ということだ。自分の考えが認められないと往々にして独りよがりになったり、認めない社会が悪いという考えに取りつかれてしまうので、気をつけねばならない。

■今も変わらない情報部の教育についての実態

大本営情報部というところは、仕事はくれるが、教えてはくれない。参謀というのは最初から一人前扱いだ。それいマニュアルもない。課長の開いているノートを盗み見して勉強する。面罵されて勉強する。西郷・林方式を比較して勉強する。言い換えれば弟子が親方を見て仕事の仕方を覚えるようなものであった。

情報部の教育についての実態が書かれている。この文章からは、組織的な教育が存在せず、個人の頑張りに任されているだけであるとがわかる。情報の価値が無視され、情報を重要視する文化が存在せず、教育がシステムとして存在しないという惨状である。そして恐ろしいことに、これは当時の日本における最高のエリート集団である大本営で起きていたことであるということだ。

過去を見て笑うのはたやすいことであるが、さてでは現在この教訓が生かされているのかと考えると全くと言ってよいほど生かされていないのではないか。まして大半の企業ではデータ分析にまともに取り組んでいないのだから、親方すら存在しないのだからむしろ以前よりも退化しているぐらいだ。

大学でもデータ分析を基にした意思決定の重要性やマネジメント方法、統計学や機械学習といった一部のデータ分析の手法や理論だけではなく、競合調査・国内や外国の情勢の見かた、さらには情報の収集方法など、もっと幅広くデータ分析について学ぶ場があってもよいのではないだろうか。

次回:(8)・・・現場の情報をろくに審査せず鵜呑みにすると大変なことになる

『大本営参謀の情報戦記』に学ぶデータ分析 目次

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