データ分析とインテリジェンス

データ分析で稼ぐ戦略を考える・・・システム・ツールで稼ぐ

話の前提となるべき戦略的思考についてはおいておくとして、データ分析業界(?)が盛り上がって稼げる人が増えれば参入が増え、競争も激しくなり質が上がって文化も広まる・・・というのは皮算用であるが、ともかくも企業がデータ分析でどうやって稼ぐかについても考えてみる。

データ分析を使ったサービスおよび関連業務としては

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最初に必要なのはデータサイエンティストではなくデータ分析プロセスをマネジメントする人

データサイエンティストなど、データ分析の専門家を雇っては見たもののどうも機能しないという話が聞こえるが、それもそのはずで、データ分析というプロセス全体を考えた場合、データサイエンティストが得意とするのは主に「分析」フェーズであり、必ずしもマーケティングやコミュニケーションが得意であるとは限らない。従って、データサイエンティストだけでは当然足りないという事態になるわけだが、データ分析がプロセスであることを理解していないと、分析が得意な人に任せればうまくいくという勘違いが起こる。プロセスの全体像についてはデータ分析プロセスの全体像「インテリジェンスサイクル」とはを参照のこと。

これからレストランを始めようとするのにシェフだけ連れてきて、さぁ経営方針を考えなさい、内装どうするか決めなさい、人の採用をしなさいなど料理以外のことも任せようとするのと同じだ。

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現場の情報をろくに審査せず鵜呑みにすると大変なことになる・・・『大本営参謀の情報戦記』に学ぶデータ分析(8)

司令官とはラバウルにいた第八方面軍の今村均大将、第一線というのはブーゲンビル島にいた第六師団のことで、これは南方戦線視察にでた著者が今村大将に挨拶した際に感じた苦悩の原因について語っている。

そもそも第六師団は過大評価されたブーゲンビル沖航空戦の戦果を基に反撃するために送り込まれたのであるが、ここでも戦果の情報の収集と審査で失敗している。のちに台湾沖航空戦でデタラメな戦果発表から捷一号作戦の発動という同じような話があるが、現場の情報をろくに審査せず鵜呑みにすると分析を誤るという例である。

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どんな名案でも実行力不足で水の泡になる・・・中国の古典『史記』に見る情報の失敗(2)

劉邦が将来大きな障害になるだろうことを見抜いた軍師である范増の提言により暗殺を考えた項羽であるが、結局実行できずに劉邦に逃げられる。それに呆れた范増の嘆きである。実際に数年後には項羽は戦いに敗れて烏口にて命を落とすわけだが、もしこのとき劉邦を殺していたらどうなっただろう。この場合、実行が不可能な提案ではなく項羽さえその気になればいつでも劉邦を殺せるところだった。どんな提案であっても、実行力が伴わなければ水の泡になる例である。

ところで項羽が劉邦を殺さなかったことについては決して人道的な理由ではない。実際項羽は

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データ分析で稼ぐ戦略を考える・・・データ分析の文化を広めることは可能か

数十年前のアメリカで日本の寿司を何のアレンジも無し売ろうとしたところで売れなかった。これは職人の腕ではく、どんな一流の職人でも難しい。なぜならば、寿司を食べる文化が無かったからである。同様に、現在の日本においてデータ分析が受け入れられないのは、大半の場合データサイエンティスト・データアナリストといった分析する側の問題ではない。いままでその文化が無かったのだから、どれだけ質の高い結果を持って行っても受け入られるのは簡単ではないし、そもそも質の良し悪しの問題ですらない。

データ分析の失敗の責任は経営者・マネージャーにあるでは、「やってみたけど失敗した」場合について書いてはいるが、それ以前の問題としてデータ分析を使ってみるという話にすらならないことの方が多く、それはこの文化が存在しないことに起因している。では、いったいどうしたらよいのだろうか。

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今あるデータを前提にしてはいけない理由

「今あるデータで何かできないか」と考える人がとても多い。そこにあるから使わなければもったいないとか、あわよくば利益が出たらうれしいとか、そうしたい気持ちはわかるのだが、そこはぐっと堪えて「何が目的であり、そのためには何を知るべきか」から始めるべきだ。さもないと、まったく見当違いの分析をしたり、分析はしても実行に繋がらないことになり、結局無駄になる可能性が高い。

まず最初に、データ分析プロセスの全体像を考える。これはデータ分析プロセスの全体像「インテリジェンスサイクル」とはに掲載した図を再掲すると

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相手も自分と同じ価値観であると決めつけてはいけない・・・『大本営参謀の情報戦記』に学ぶデータ分析(7)

自分がそうだから相手もそうであると勝手に決めつけることがいかに危険であるかを良く表している。自分には必要ないからこの商品は売れないとか、自分には簡単すぎるから誰でもできるだろうとか、日常でもよくある話である。そして、データ分析を今まで使って来なかった人にとってはデータ分析など必要ないと考えているだろう。

情報部の教育についての実態が書かれている。この文章からは、組織的な教育が存在せず、個人の頑張りに任されているだけであるとがわかる。情報の価値が無視され、情報を重要視する文化が存在せず、教育がシステムとして存在しないという惨状である。そして恐ろしいことに、これは当時の日本における最高のエリート集団である大本営で起きていたことであるということだ。

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わたくしは注進しなかったからこそ命があったのです・・・中国の古典『史記』に見る情報の失敗(1)

家臣や部下からの情報を無視したり、間違えた情報を元にして戦いに負ける例は数多い。データ分析を無視するということが、どのような結果に繋がるかを歴史から学ぶために、史記から情報を無視して失敗した事例を引いてみる。

秦の始皇帝の死後、その遺詔を改竄して帝位についた二世皇帝胡亥は、馬鹿の故事で有名な宦官の趙高を重用した。その趙高が反乱を起こして宮殿に攻め込んできた際、戦わない近侍に怒った胡亥が近くにいた宦官に言った言葉である。

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なぜ日本でデータ分析が定着しないのか

日本でデータ分析(すなわちインテリジェンスであるが、データ分析の方が通りが良いのでそちらを使う)の文化を広めるためにはどうしたらいいかを考えるに当たって、そもそもなぜ日本ではデータ分析の文化が弱いのか、という現状認識について考察する。

まず、データ分析が活用されない理由を考える以前の問題として、これもよく言われるように、日本人は戦略的思考が弱いというのが一般的な認識であろう。そこから戦略的思考が弱い→戦略的思考のための情報の価値が認識されない→データ分析はその情報を作りだす行為であり、結局データ分析の必要性は低い、ということになる。したがって、先にこの戦略的思考の弱さについてその原因を考えなければならない。この戦略的思考が弱い原因についてはいくつか考えられるが、概ね「外国からの脅威が少なく、国内で揉めても隣近所で小競り合い程度が多いので長期的視野に立脚した戦略的思考が必要なかった」とまとめられる。

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大本営の情報無視は、現在のビジネスでもまったく同じだ・・・『大本営参謀の情報戦記』に学ぶデータ分析(6)

「企業の戦略を決定するための基礎となる最重要な市場情勢判断の甘さが・・・」とでも書き換えてみれば、まるでまともに情報を使うことをしない現在の企業の事を言っているようである。敗戦から何も学ぶことなく来てしまったのではないかと思うほど、その類似性には驚かされる。実際そうなのかもしれないが。

大本営を愚かであると言うのはたやすい。しかし、現在の企業の情報無視・軽視ぶりは、戦中の大本営と一体どこが違うというのだろうか?ビジネスという戦場の中で、競合調査もろくに行わず、ただやみくもに第一線を走らせている姿が大本営と同じようにしか見えないのだが、何か違うのだろうか。

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