データ分析とインテリジェンス

戦略インテリジェンス論

■書評・感想

まさかの邦訳登場。しかし読みこなすのは難しそう。

原書『Strategic Intelligence for American World Policy』はあちこちで見かけていたので興味はあった。しかし翻訳が無かったこと、中古で20万円から30万円という値段がついていたことから半ばあきらめていたのだが、ここにきてまさかの邦訳が登場(原書も同月に再販が出ている)。しかも訳者がまだ20代ということでさらにびっくり。

早速購入して読んではみたものの、どうも読みづらい。内容が自分にはまだ難しすぎるからか、箇条書きの多い文体のせいか、翻訳に難があるのか、あるいは原書が終戦直後の1948年とすでに70年近く前の発表であり今と文章が多少なりとも違うのかよくわからないのだが、時間をかけてじっくり取り組まないと内容を吸収するのは難しそうだ。というわけでまた近いうち再読することになるだろう。

インテリジェンスに興味を持ち始めたばかりの人が読むにはちょっと厳しいのではないだろうか。これを読むならば同じ時期に出ている『戦略的インテリジェンス入門』の方がよいかと思われる。

内容について

さて、本文であるがこの本では国家レベルでのインテリジェンスを中心にしている。それも「高度対外積極インテリジェンス」であり、それは高度(米国の繁栄と安寧に欠くべからざる知識)、対外(米国やその領土内で起きていることとは無関係)、積極(対諜報:カウンターインテリジェンスなどをのぞく)を意味している。この「高度対外積極インテリジェンス」をグレート・フラシナという架空の国を参考に取り上げながら知識・組織・活動の3つの視点で捉え、議論を展開する。

第一部は知識についてである。戦略インテリジェンスのための知識は膨大だ。例えば、ある国についてのある種の百科事典の例として、以下のような項目を紹介している。

Ⅰ 背景一般。位置。国境。面積。歴史。政治・行政機構
Ⅱ 国土の特徴。地形。土壌。地表植皮。気候。水利。
Ⅲ 国民。民族、言語、行動傾向。人口分布。居住状況。保健衛生。社会構造。
Ⅳ 経済。農業。工業。通商。鉱業。漁業。
Ⅴ 輸送。鉄道。道路。港湾。空港。内陸水路。
Ⅵ 軍事地理(地域別に細分)。
Ⅶ 現存軍事機構。陸軍:戦力組成、固定防御施設、軍事施設、補給。海軍:戦力組成、艦隊、海軍沿岸施設、海軍航空部隊、補給。空軍:戦力組成、軍用機、航空施設(特別付録の飛行場リストなど参照)、気球などの軽航空機、補給。
Ⅷ 特別付録。政府要人の履歴データ。局地的地理用語。河川、湖沼、運河の類。発電施設のリストと仕様。道路の類。飛行場および最重要離着陸場のリスト、主な電話電信線網のリスト。通貨および度量衡。海岸(上陸作戦適地)。

これはあくまでも「物事の骨子」であり、実際の内容は例えば「国民」についてはさらに

  • ・最新の人工概観。年齢、性別、消費者集団、地域分布などで細分化されている。
  • ・社会集団の分析。民族集団、少数民族集団、宗教集団、会員制組織、支部集会、秘密結社などに分類。
  • ・さらにそれら集団と構成員が神や教育、孝心、身体的清潔、資本主義、愛、名誉、外国人に対してどのように感じるか。
  • ・公共福祉、教育および世論メディア

これだけの内容が詰まっているのである。これは70年前の情勢で書かれているので、現在の内容にするには若干の追加や修正が必要になるだろうが、それにしても膨大な量である。これ以外にも、戦略爆撃、政治・経済戦争、軍政、戦略的能力などなど、様々な内容を知るためのこれまた様々な知識の内容が列挙される。これらを適切に収集、分析、管理するための専門家が必要になるのは当然のことだろう。

第二部ではそのための組織である。インテリジェンスの組織について冒頭で書かれた文が素晴らしいので、少々長いが全て引用しよう。

インテリジェンスは制度である。それは生身の人間からなる組織であり、懸案に関する特殊な知識を探求する組織実態である。このような組織は諸外国を監視下に置くのみならず、そうした国々の過去・現在・蓋然的未来について詳説できるよう備えていなければならない。これら諸外国に関してこの組織が生み出す情報資料は、政策決定者にとって有益でなければならない。すなわち、その情報資料は政策決定者の懸案事項と関連性を有し、完全かつ正確で時宜を得たものでなければならない。したがって、インテリジェンス機関は熟練専門家を職員として採用すべきである。これら職員は最新の外交政策や戦略上の問題を知っている(もしくは知らされ得る)と同時に、これらの問題に関する有益な情報資料を提供すべく自己の専門技能を奉げる意思のある熟練専門家である。

この文章を冒頭に、中央インテリジェンスや各省インテリジェンスについての議論が展開される。第八章の「各省インテリジェンス機関―経験から得た10の教訓」は著者の体験から得られた経験を元に組織形態や役割分担についての話題であり、後述のようにビジネスへの応用にも使える箇所も多く、参考になるだろう。

そして第三部はインテリジェンスサイクルの元になっているであろうインテリジェンス作成の段階についてと、その各段階ごとにおける困難について、さらには生産者と消費者の関係といった生々しい話も展開されるが、これは教科書だけで学んだのではなく実務を通して多くの経験を積み重ねたからこそかける話であろう。そして、

インテリジェンス部門の成果が常に消費者によって無視され、その理由が消費者の直観にあるような場合、消費者はアリストテレス以降に西洋人が営々知識範囲を拡大してきた二つの手段に背を向けていることを自覚すべきである-その手段こそが理性と科学的手法なのだ。

この一文を持って本文は終わる。

ビジネスへの応用

「高度対外積極インテリジェンス」をそのままビジネスに適用するには話が大きすぎて難しいが、とはいえインテリジェンスつまりデータ分析における本質は変わらない。

例えば第二部第八章「各省インテリジェンス機関―経験から得た10の教訓」ではその題名通り10の問題と著者の考え方をテーマにしているのだが、「問題一:インテリジェンス機関の基本型は地域的であるべきか、機能的であるべきか」「問題二:地域化が困難な事象にいかに対処すべきか」といった問題はグローバルに展開する企業であれば必須であるし、「問題六:戦略インテリジェンス機関には図書館機能があるか」は規模を問わずどの企業にも当てはまるし、後述する例も適度に内容を入れかえればそのまま使える。

ところが企業がやっていることは、その企業はもちろん業界にも足して詳しいわけでもなければ分析の知識もろくにない外部に、全体のごく一部を丸投げである。それが役に立つわけがない。

アメリカと日本のインテリジェンスに対する取り組み方の違いはそのままビジネスでも当てはまる

原書は1949年であるが、アメリカが国家レベルでの情報機関を持ったのが真珠湾後の1942年であり、それから10年経たずにこれだけの本が出せる程の経験を積み上げたことは恐るべきことではないだろうか。日本ではインテリジェンスが無視されていたことから戦時であっても情報部が整備されたのは大分後になってからだし、規模も小さいために経験者が少ない。さらに戦死してしまったり、敗戦時にその資料をかなり破棄してしまったこともあり記録が残っていないし、戦後はさらにインテリジェンスを無視しているのでまともな研究もされず、いまだにこのレベルの議論がされていないことは知っておくべきだろう。

また、現在のビジネスでも大量の試行と失敗から学んでゆくアメリカのスタイルと、失敗を恐れて行動しない、あるいは隠ぺいしてしまいその失敗が共有されずに次に生かせない日本のスタイルはインテリジェンスについても同様に見られるが、どちらがより多くの知識と経験を手に入れて成長できるかと言えば全社であることは間違いなく、多いに学ぶべきところではないだろうか。

■関連書籍

インテリジェンスを体系的にとらえた書籍は非常に少ない上、学術的なものは難易度も高い。いきなりそれらから読むと挫折する危険があるので、日本人の書いている実務者向けの書籍から取り組む方が良いだろう。

  • インテリジェンス入門』・・・基本事項が網羅されておりかつ簡潔なのでインテリジェンスを学ぶ入口には最適。著者は外交官。
  • 『戦略的インテリジェンス入門』・・・2016年に発売されたこちらは元自衛官の著書。インテリジェンス入門より広く詳細であり、実務者向けということで解り易いのでこちらもおすすめ。
  • 『インテリジェンス 機密から政策へ』・・・アメリカで最も読まれているインテリジェンスの教科書と言われており、浩瀚かつ難解であるが取り組む価値はある。
  • 『インテリジェンスの基礎理論 第2版』・・・『インテリジェンス 機密から政策へ』のダイジェスト版のような本。

■目次

第一部 インテリジェンスは知識である

  • 第一章 インテリジェンスは知識である
  • 第二章 実質的内容(一)基本的叙述要素
  • 第三章 実質的内容(二)現状報告要素
  • 第四章 実質的内容(三)推測・評価要素

第二部 インテリジェンスは組織である

  • 第五章 インテリジェンスは組織である
  • 第六章 中央インテリジェンス
  • 第七章 各省インテリジェンス
  • 第八章 各省インテリジェンス機関―経験から得た10の教訓

第三部 インテリジェンスは活動である

  • 第九章 インテリジェンスは活動である
  • 第十章 インテリジェンス業務上の方法に特有の問題
  • 第十一章 インテリジェンス生産者と消費者

■概要

題名戦略インテリジェンス論
著者シャーマン・ケント
訳者並木均(監訳) 熊谷 直樹
出版社原書房
発売2015/12

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タグ:書籍 インテリジェンス

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